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ちゃと・まっし~ぐ~ら~!

「タイからの手紙」 ボータン

上下2段組みになった紙面で縷々つづられ、それも上下巻になっているとても長い本だが、日本で10年くらい前に買って、ロンドンへも持ってきた。
しばらく時期をおいて久しぶりに読み返してみると、実にいろんなことを考えさせられる。

主役は一人の中国人の青年、中国の貧しい田舎で母と弟との3人暮らしの末、20歳になった時に一旗あげようと思い、実家の母と弟に書き置きをして近所の友達二人とタイに行く船に乗った。
この本はその青年が、早世した父に代わって時には父となって育ててくれた母親を非常に尊敬し、慕う気持ちを忘れずに、1945年にタイへ渡ってからの自分に起こったことを母への手紙として送ったものが小説になっている。
船の中で、同じ中国人の小父さんに出会うが、その小父さんは妻子をなくして天涯孤独。その小父さんが何くれとなく青年の世話を焼いてくれているうちに、青年が学校へも行ったことがないのに母親から教えられただけで読み書きができたことや、青年の頭の回転の速さに感銘し、船の中で青年を自分の養子にする。
タイへ着くと、その小父さん自身は貿易であちこち動くので自分の親戚の商家にその青年を紹介し、住み込みで働けるようにしてくれた。
この、養父となった小父さんも非常に人間の器が大きい人であったばかりではなく、紹介された養父の親戚のご主人も大変よく出来た人だったことが幸いし、青年は生真面目さと読み書きができることを最大限に活かしながら商売のコツを教え、決してただ自分だけが儲ければいいと思ってはいけないと考えるようになる
青年は二人の恩に報いるべく、よく働くうちに勤め先の主人に気に入られ、憧れていたその主人の長女と無事結婚。
青年は、無学な自分を、世間の風潮を恐れずに自分の家族に迎えてくれた主人への恩もさらに感じ、こつこつと商売を伸ばしていく。

小説のあちこちに、自分がかつて身を置いてきた中国での苦しい暮らしと、その中にも母親の教えをしっかりと守り、勤勉に努力する自分に比べて、いかにタイ人が、自分の努力もせずに、よそから来た働き者の中国人たちがその努力で財を成すことに文句だけを言っていることへの非難や、中国とタイとの生活習慣や祭事などの違いに眼を向けて事細かに説明されていること、そして後半には自分と妻の間に生まれてきた子供たちの悩みなどが毎日の生活を垣間見せるように綴られている。
「自分も妻も中国人なのだから、子供たちにもなんとか中国人であることの意識を守り続けさせたい、子供を甘やかして、働くことの重要さを知らずに大人にさせることは自分の母親に対して恥ずかしい」と思い続けて腐心するのに、中国の血が流れていてもタイの生まれ育ちである子供たちは、いつのまにか学校の友達や周囲の影響を受け、主人公が理想とするような民族意識や勤勉に対する敬意を持たない子供になっていくことに対する落胆などが切々と書かれている。

この本を買った時は、自分がよもや外国で生活するとは予想もしていなかったが、今、自分がイギリスで経験している気持ちは、この本に非常に似ていると思う。
イギリスの人間や、イギリスに長い日本人には、自分自身どうも相容れないところもあり、自分の気持ちや行動の基準は、よくも悪くも日本人であり、生まれ育った京都がルーツにあることをいつも考える。
毎日のいろんな出来事の中で理不尽なことがあったり、また自分が窮地に立ったりするごとに「私を生み育てた両親はどう思うだろうか、またたぶんこうするに違いない、こう言ってくれるに違いない」と日々思って生きている。

自分の心象風景を表しているようなこの本は、自分の現在の環境とルーツとの間で揺れ動く人たちにお勧めしたい一冊である。





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